東霧島神社(つまきりじんじゃ)

「つま」には、霧島の端という意味があります。東と書いて「つま」と呼びます。東霧島神社(つまきりじんじゃ)は霧島六所権現のひとつで、第5代孝昭天皇代創建とされています。東霧島神社(つまきりじんじゃ)には言い伝えがあります。昔この地方で悪行を働いてきた鬼が、この土地の娘を嫁にほしいといってさらに悪行を重ねていきます。そんな鬼に困り果てた人々の話を聞いた霧島の神様は、鬼を呼んでいいました。「この神殿に通づる道を、一夜のうちに千個の石で積み上げることができたならば、娘を嫁にしてやろう。しかし、もしそれができなかったときには、この地を去って二度と戻ってはいけないと・・・。」
鬼は怪力を使って、どんどんと石を積み上げました。そしてもうすぐ積み上げてしまうかと思われたとき・・・霧島の神様が機転を利かして、東の空を明るくしてそのうえニワトリを集めて夜明けを告げるために鳴き声を聞かせたのです。鬼は、もう少しのところで、石段を千個の石で積み上げてしまうところでした。しかし、ニワトリが泣き始めたとあっては大変です。しぶしぶと鬼は立ち去ってしまってもとの平和な土地になったということです。
この鬼が積み上げた石段を「振り向かずの坂」とも呼んでいます。階段はまるで「登ることを拒む」かのように、ズルズルと苔むして滑りやすいのです。神門の前では転ぶと大けがをしそうでとても危ないものです。この階段を「鬼磐階段」といいます。
そしてこの伝説では、この「鬼磐階段」の手間にある、小さな池の中にある「割裂神石」「裂磐」(さくいわ)といって魔石といわれるものを教えてくれるのですが・・・。
それは、イザナギとイザナミの二人が山や海の神様をたくさん産んでいるのですが、最後に産んだ火の神様であるカグツチノミコトのせいで、イザナギは亡くなってしまったということですが、あまりの悲しみにイザナミはカグツチノミコトを切って捨ててしまうのですね。
そのためにカグツチは三つの石となり、切った剣は十握剣(とつかのけん)となりました。その後十握剣はどこにあるのかわからなくなりましたが、一羽のハトにより橘の木の上を旋回して教えて剣のありかを教えてくれたといいます。「割裂神石」「裂磐」(さくいわ)と呼ばれる魔石では、石には割れやすい方向がありますが、この神石は石目とは異なったところがあるといわれます。
本殿は石段が急こう配のために身重の人には無理なこともあって、下のほうでイザナミ神社に参拝できるようになっています。これを「坂の下参り」といっています。安産子育ての神様で、大クスを右に3回左に3回まわって祈り、ゆや谷の乳水を飲んで帰れば安産であるといわれているようです。「身重や子育て中の人は無理をしないで参拝するのがよい」と受け取ることができるよい教えのようです。